2011年9月11日日曜日

関東版40:旧碓氷峠

旧碓氷峠。

旧中山道の難所とされている。また、幕末皇女和宮が京都から江戸へ降嫁するとき、なぜか当時の京都〜江戸の主要道路である東海道ではなく中山道を通っている。Webで調べてみたところ、次のような見解が見られる。
  • 東海道は、天竜川や大井川、富士川など越えねばならぬ河川が多く、江戸に下る日程に狂いが生じ易いこと。
  • 東海道は、往来する人が多く、警備上の問題が多々ある。
  • 東海道の「さった峠」は「去った」に通じるため、縁起が悪いとされた。
当時は、幕末の混乱期であり、婚姻に反対する尊王攘夷派による妨害工作から逃れることが本当の理由が妥当だと考えられる。江戸からみて、坂本宿〜旧碓氷峠は相当な難所であり、皇女和宮が降嫁するとき大規模な整備事業がなされ「和宮道」とも呼ばれている。

9月10日の土曜日、この和宮道を下るツーリングを決行した。同行はhiro氏である。

6時前に上野駅に集合した我々は、高崎線の普通列車に乗り込む。高崎駅からは信越線に乗車し終点の横川駅に降り立った。ここも鉄道ファンには見逃せないポイントである。1885年上野横川間が開通、さらに1888年に糸魚川〜軽井沢間も開通。残るは横川〜軽井沢間のみとなった。この間の距離は約11km。勾配は67パーミル(6.7%)である。長野新幹線で廃止となったこの区間は、アプト式と呼ばれるラックレールに動力を伝える方式が採られていた。したがって、軸力が大きいために、橋梁部分は鋼製桁ではなく、レンガアーチを採用している。

話が横にそれた感があるが、旧国道18号をひたすら登る。坂本宿を過ぎたあたりから、本格的な登坂区間へと入る。とは言え、勾配は5%程度とたいしたことはない。この区間は、旧信越本線と並行して走るため、単線鉄道のトンネルや橋梁を数多く見ることができる。
最も有名なのが、このメガネ橋ではないだろうか。美しいアーチ構造だ。

そして18号の緩やかな坂道を上りきるとそこは国道18号線の碓氷峠。長野県となる。空は澄み、八ヶ岳連峰や浅間山を望むことができた。

軽井沢で十割蕎麦で補給し、旧軽井沢の喧騒を抜け比較的静寂な別荘地を通り過ぎると、力餅を売る茶店が並ぶ。そこが今回の目的地ではなく、本来目的とした出発地点となる旧碓氷峠である。ふと傍らを見ると面白い看板があった。中央分水嶺だ。ここに降った雨は日本海と太平洋に流れるそうだ。ここで再び力餅で力を蓄え、MTBの本領発揮だ。

   前半は幅員の広いジープ道となっている。廃墟となった茶店跡や廃車が見られる。道の中央部分は、雨水の浸食により深くえぐられた場所もあり快適なダウンヒルとは言い難い。
が、やがて幅員が狭くなるとご覧のようなご機嫌な山道が登場する。カットビダウンヒルの時間だ!快調に下る。

と前方を見ると先週の台風の影響か、倒木が道を遮っている。こんな障害物を避けながら下るのもMTBの楽しみの一つだ。

 坂本宿まであと2kmの看板を過ぎると道は急勾配の石がゴロゴロと転がる姿に変わる。こんな場所は諦めて素直に押して下ろう。写真の左手は、明らかに人の手による石積だ。古に思いをはせながらゆっくりと下ろう。

 やがて国道の車の音が聞こえるようになると、楽しかった山道も終わりとなる。


   帰路、磯部の温泉まで走り汗を流した。その後は、電車に乗り込みいつものように宴会だ!


この日の走り
走行距離:47km
獲得標高:900m